昭和20年8月9日、午前11時2分。
原爆搭載機ボックス・カー号は、高度9,600メートルの上空から第二号の原子爆弾を長崎に投下した。
毎年、暑い8月がやってくる。
昔、被爆者の方々に取材したことがあり、その言葉の重みは毎年毎年、経年するごとに重く深く突き刺さる。決して忘れてはいけない。
昭和20年8月9日、午前11時2分。
原爆搭載機ボックス・カー号は、高度9,600メートルの上空から第二号の原子爆弾を長崎に投下した。
毎年、暑い8月がやってくる。
昔、被爆者の方々に取材したことがあり、その言葉の重みは毎年毎年、経年するごとに重く深く突き刺さる。決して忘れてはいけない。
1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分。今から75年前のこと。第二次世界大戦末期、アメリカ軍が日本の広島市に対して世界で初めて原子爆弾「リトルボーイ」を実戦使用した。人類史上初の都市に対する核攻撃であるという事実について、誰もれもが心の中に刻み込まなければいけない。
地球の気候が変だ・・・と思っていたら、ある方が言う。「気象兵器ですよ」と。「気象兵器?何ですか?それ」と問いたいのだが・・・
国立科学博物館が7月13日に、今月2日未明に関東上空で目撃された火球の一部が千葉県習志野市で隕石として見つかったと発表。ニュースでその隕石を見て感動というか・・・不思議でなんとも言えない気持ちになった。
あの時間は轟音で飛び起き、すごい閃光に慄いた。もしや・・・宇宙人と遭遇するんじゃないかと、一瞬思ったほど。しばし、眠れなかった。後からいろいろ話しても「夢でも見ていたんじゃないの?」と興味のない人は殆どそんな感じ(笑)「しかしどこにいったのだろう?何か形跡はないのか?」と日々思っていた。
落下の衝撃で2片に割れていたというが・・・ちょっと信じられない。国際隕石学会に「習志野隕石」として登録を申請するらしい。
久しぶりに夜の会合。
少しずつ離れて座って・・・変に疲れる。
そして、終わったころは結構な雨降り。
そして寒かった。
なんでも東京はコロナウイルス罹患者が増えているというニュースを聞く。
なんとも背中にゾゾゾと怖さを感じる。
この世の中にはとんでもない人物が誕生するものだと改めて思う。
マイクロソフト会社を世界最大のソフトウエアの会社に成長させたビル・ゲイツ。今は当たり前のように人々が使っているIT社会を予測していた。
そして「この数十年で数百万人の命を奪うかも知れない人類最大の脅威は核戦争ではなくウイルス感染症である」と5年前のある講演で話している。まさに新型コロナウイルスパンデミックまで予想していた?と思える。
2008年に経営の一線をしりぞいてからは慈善事業に専念し、ワクチンを途上国へと支給し、また開発も手掛けている。
天才とか時代の寵児とか、そういう言葉などでは表現できない。
素晴らしいではまたまだ足りない。
掃除というより片付けをしていると忘れ去っている埃をかぶった箱関係を発見する。
この箱関係、あくまでも自分に関するものだというのに、こうしたものは冷静に判別そして「いらない」と思ったら捨てる事だ。
それは青春の思い出の欠片であり、「あっ」と赤面し何か甘酸っぱい感傷も表出するが、「もう二度と戻ってこないから」と保存しておいても自分がこの世がらいなくなった後のことを考えたらそれは「とーんでもない事になる!」だろう。
昔、聞いた話だが。あるご婦人が病院のベッドの上で、「自宅に帰りたい!」と言っていた。家族は彼女の病状を心配しても医師からは二度と自宅には帰れないと・・・・
その後、婦人が亡くなった。
家族は諸々の整理を始めたという。
どのくらいの時間経ったのか?
どこにあったの?
詳しいことはわからない。
ご婦人がどうして、あれほとまでに自宅へ帰りたかったのか?
家族はそれを手にして初めて帰りたかった理由が分かったという。
見つかったのは
昔の恋人からのラブレター・・・
コロナウイルス感染拡大中。
まだまだ「不要不急の外出は自粛を・・・」という時。なんとも書店はかなり混雑していた。「ああ!みんな本を読むんだ」と嬉しくなる光景だったが、図書館も閉館していた事もあって、やはり書店が結構憩いになったのかも知れない。
電車に乗ってもただただスマホを見ている人々が多い昨今。本を読んでいる人を見かけると。本当に嬉しくなる。
今年、電子書籍の小説を出したが、どうも周囲は「紙本」を希望してくる。なかなか電子書籍に慣れない人々も多い。電子と紙。いろんな事の端境期なのだろうか?
それにしても今年は暴露というか、今まで埋もれていたことが露呈する時代なのだと思う。「へーっ・・・それが価値観なのか?」と意外な顔を見つけるチャンスが多い。先ずは、露呈されたものを認める事だな。
いきなり・・・というか突然というか・・・
いや、既にレールが敷かれているのかも知れない。
不思議な忙しさがやってきた。
それは時間に追われるものではなく、真剣に向かう気持ちがなければ多分、拓かれないないんだろうな・・・と思えるもの。だから、今は漠然であるが「もの」としか言えない。これまで自分が慣れている「もの」ではなく決してルーティンではない「もの」。
だから・・・
さあ!かかってこい!
踏ん張ってみるか。