不要不急の外出は控えねばならない・・・。分かっているが、買い物の帰り、こっそーり、しずかーに某公園へ行く。まだ満開ではない桜を見上げた。蕾が可愛い。未来を感じる。ベンチに腰掛ける。足元にひらりひらりと気の早い花びらたちが舞ってくる。
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こっそりと・・・
2020 年 3 月 28 日 土曜日宮城まり子さん やすらかに・・・
2020 年 3 月 23 日 月曜日2020年3月21日に宮城まり子さんが亡くなった。社会福祉の事業家として「ねむの木学園」づくりに邁進してきた。そして公私とも一途だった。一人の作家を生涯、愛し続けた。
「第三の新人」として注目された作家・吉行淳之介さんと知り合った1950年代。文学少女だった宮城まり子さんは彼の作品を読んでいた。知り合い、そして運命というのだろうか?「生まれて初めて好きになった人に奥さんがいた」という言葉はいろいろ考えさせられる。
最近、ワイドショーをにぎわせている不倫問題。先般、記者会見をした俳優は女房と愛人それぞれに気遣い、言葉を選んでいた。しかし、「どっちが好きか?」と訊いた記者の質問もあまりにも直接的であったが・・・世の男と女の反応がこれほどまでに違うというのに、やはり男女とは別の生き物なのだなと思った。
今日日、「一途」という言葉は死語なのかもしれないなと思う。確か・・・吉村淳之介の奥さんは最後まで籍を抜かなかったと記憶している。そして葬式をだしたのは確か宮城まり子ではなかったか?
身がちぎれるほどに悩み苦しんで、別離を覚悟に渡米したものの、実弟の事故死に嘆き苦しんだ宮城まり子さん。その時に吉村淳之介の「帰っておいで」という一言はその一途な恋を命にしてしまったのだろうと思える。
安らかに・・・
テント
2020 年 3 月 19 日 木曜日
少しばかり大きな近くの公園に行くと、「おお!」という光景が広がる。テントが16張ほど。休校が続く子どもたちの気分転換に親御さんが考えあぐねたのだせろう。最初はだれかが・・・そして「いいですね」とばかりに増えていったのではないかと思える。こんな工夫・・・微笑ましい。どうぞ「ここは禁止です!」なんて少しの間、言わないでほしいな。
人生って不思議
2020 年 2 月 16 日 日曜日20代の時に執筆した小説が近々電子書籍になる。先般もブログに書いたのだが・・・ある編集者の方が国立国会図書館で探してこられた。こうした行動もあるんですねぇ。
時間かかって私に辿り着いて連絡をいただいた時、まるで蝉の抜け殻を「はい、見つかりました」と目の前に出されたようだった。しばしその抜け殻を見つめ、呆然と話を聞いていた。「そんなことってあるの?」と。
そして、初めてさの編集者に出会った昨年末。国会図書館にある書籍は表紙がとれているものだということも知った。帯文も知らないまま、彼はもそのコピーを私に見せてくれたのだ。「はぁ・・・」としかコトバが出ずに珈琲を一口飲んだ。
日頃の原稿確認作業にまじって(笑) 改めての文学?の「校正」がほほ終わった。確か、最初の作品は19歳でしょ?汗がでる・・・当時の若い感性については全く手をいれることが出来ず。もう擦り切れた自分には不可能だ。勢いに任せて、ばんばんと批判のようなところは必死にカットした。しかし、国鉄だ、雑誌名にしても「そんなのあった?」と多分廃刊になっているものも多く、過ぎ去りし時代を感じた。
担当の編集者がたまたま鳥取県出身。当時の私はシャツにジーパンはいて、一眼レフのカメラを肩にかけて彷徨っていた。海岸線だ街だと歩き回った。多くの場所やコースもなかったり。そりゃそうだ。「ああ、そうですか・・・」と納得する。そう、「今はないのだ!」と。思えば当たり前だし、用字用語で使用禁止もあり、これはどうしたものか?と思ったが、そのまま表現してしまうことにした。
しかし!である。
人生の後半戦でこのような機会が訪れようとは、本当に夢にも思っていなかった。じーっと静かに埋もれて、風化して、喪失、忘却か・・・と思っていた。
人生は実に不思議なことが起こる。明後日は1980年代にお世話になった方のインタビューである。先方は「もう忘れてますよ」と電話口で笑った。だが、撮影、編集をする。デジタルはまたある意味素晴らしく!また半永久に残る。ある意味怖いよ!(笑)
いずれにしてもつくづく人生は不思議!!
よくフランス人が口にする C’est la vie ! か?
そうそうC’est la vie !です。
相性が良いということ
2020 年 2 月 13 日 木曜日夜は昔の会社の先輩たちと懇親会。
組織をいったん離れると人って最後は相性なのかな?と思う。
組織にいればやはり組織の一つの歯車でしかない?それから離れればようやく一人の人間がどう生きていくか?ということになるのだろうと。
組織を離れて、「会社つくるぞっ」と大騒ぎしていた人ほど、見ているとやはり何もせずが多いような。
結局、しつこいようだが観察していると誰かが核となってスタート。それに、相性のよいものが集まってくるようだ。
それは、趣味の集団でもないが「楽しく仕事をしたい」という事らしい。
若い時代に見ていた先輩たちの姿というより、組織を外れると「その人の本来の姿」を見ることが出来る。それほどに組織の中の人と離れた人とは異なる。
改めて思う。
先生
2020 年 2 月 12 日 水曜日本当に「慣れないこと」がある。最近「先生」と呼ばれることが多い。「吉田さん」でよいのに「吉田先生」と呼ばれるとつい、「誰だ?」とキョロキョロする。慣れないというか・・・好きでない。
大学時代に家庭教師先で「先生」と、教育実習で「先生」と呼ばれても何も感じなかった。むしろ、そう呼ばれて「私は頑張らないと!」と思ったほどである。
2000年に神楽坂女声合唱団を小林カツ代がつくり、「団員は社会の中で、“先生”と呼ばれることが多い人ばかりです。ですから!合唱団の中で、“先生”と呼ぶことは禁止します!もし、そうよんだら、罰金1万円をとります!」といって少し・・・ニヤリとしたことがあった。それからは団員間は「~さん」で過ぎていった。今になってもつくづく思う。カツ代さんはさすがに良いことを言ったと。
しかし、国会中継を見ると議員はすべて「~先生」で呼ばれている。慣れているし、その呼ばれ方が大好きな人々なんだなあ~と思ってみている。しかし答弁中の先生!先生!は実に「邪魔な表現」。妙に気になるばかりである。
せんせい~♪ せんせい~♪
森昌子さんのデビュー曲だけでいい(^^♪
書き続ける事
2020 年 2 月 4 日 火曜日午後から役所の広報課で打ち合わせ。
先般のインタビューの原稿の第一次アップ。
会議室で、あーだーこーだーと意見を交わし・・・
気が付くともう夜。
令和2年の開始にふさわしい?
ああ~ガンバルンバ!
書き続けること!
口には出さぬが思うこと
2020 年 1 月 31 日 金曜日最近、いわゆる、中高年に対して「キョウイクとキョウヨウ」と言われている。誰が言い出したかは知らないが、やたら!と聞く。最初は何だろうと思っていたが「今日行くところがある 今日用事ずある」が大切だという事らしい。はじめに聞いた時は「なーるほどね!」と一瞬、思ったがねこれを言う方々って・・・どうも騒がしい。例えば行くところリストなど出されてしまうと私みたいなへそ曲がりは辟易としてしまうのだ。受け身の人間はますますもって受け身になり、ますますこうした騒がしい方々はますます押し付けになる。「そんな気はさらさらありませんよ」とおっしゃり、もちろん、悪意などゼロパーセントであることはわかっている。気がおかしくなるほど麻雀に夢中になる人とゲームに明け暮れる人とそんなに変わりないと私は思うし、人任せ~人任せ~で街歩きや山歩きしている人に対してはたまには自分が主催で企画してみたらどうか?と思うし、映画を年間何百本見ていると豪語して、あーだこたーだと評論する人は仕事でもない限りは黙っていてほしいと思う。段落もなく書いてしまったが・・・放り投げていれば自分は見えてくる。いかに人任せで生きていることを分かる。一歩進もう、自分の頭と足で。教育と教養で十分だ。今更!でいい。教育でも教養でもガツンとぶつかっていけばいい。いかに学生時代に勉強しなかったことも判明してしまう、限られた命燃焼しつつ、頑張っていこうよ。
第14回 「社会貢献活動見本市」出展へ
2020 年 1 月 15 日 水曜日今夕は豊島区を中心に社会貢献活動を行っている団体やCSR企業を一堂に会する「社会貢献活動見本市&交流会」(共催:NPO法人としまNPO推進協議会、豊島区区民活動センター運営協議会、豊島区)。それぞれの活動内容を、パネル展示で紹介するイベント。今年で第14回を迎え、豊島区の社会貢献活動の祭典として定着している。今回も「としまの記憶」をつなぐ会でもブース出展する予定。
【日時】2月29日(土)11:00~17:00
第1部:社会貢献活動見本市 11:00~17:00
第2部:交流会 17:30~19:00(参加費1,500円)
【会場】としまエコミューゼタウン1F センタースクエア
力強く立ち直り咲くコスモス
2019 年 11 月 4 日 月曜日
写真家の赤松さんから相模川の中州の大島と高田橋などを撮影した写真が送っていただいた。
先般、多くの被害を出した「台風19号の爪痕」ということで言葉も出ないほどの写真の数々を拝見し、ああ!自然の脅威には勝てないのかとつくづく思った。冷静に被害状況を見れば見る程どうにもならない自分の非力さを感じる。
そんな中で・・・何と優しい写真だろうか。ダムの緊急放流でなぎ倒されていた中州のコスモスが一生懸命に立ち直って咲き誇っている。その姿はあまりにも感動である。




