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ch12.その他 | ichikoTV - Part 7 ichikoTV

‘ch12.その他’ カテゴリーのアーカイブ

オンラインで「できる事」と「できない事」

2020 年 5 月 13 日 水曜日

6月の総会についての話し合いをする。やはり詰めていくこと多いので、しっかりマスクして、そしてソーシャルディスタンスでのぞむ。情勢を鑑みてやはり「中止」へ。ただ総会ともなると揃えないとならない資料も多々。現在の社会状況の中、やはりオンラインでできるものとそうでないものがある。話し合いながらつくづく感じた。今までは・・・という考え方は捨てなければならないこともあるのかも知れない。前例なし!前例にしがみついていてはダメだ。且つ、ジャジ能力はますます必要な世の中に突入か。

まさにミルフィーユ状態

2020 年 5 月 11 日 月曜日

いろいろなところで「今、私、断捨離しているの」という声が聞こえる。

そう、「暇ねえ」とは言わない(笑)

とにかく時間を有効に使いたいという人は断捨離を始めたようだ。

かくいう私も、とにかく、ファイルを徹底的に見直す。

懐古にひたる・・・という感情は一時捨てて、冷徹に向かっていく。

いつか役に立つ‼と思っている書類たちは、そんな期待を見事に裏切ってくれる。愉快なほど‼そう、懐かしい気持ちは湧き出すが、現在、役にはたたないのだ。

しかし、作業する手が止まる。

書簡の類。これらはだめだ・・・一文字一文字にその人の心が宿ってしまっている。

時が経過してもそれらは劣化はせず、寧ろ、忘れていた気持ちさえ引き出してくれる。

人生って不思議だ。断捨離できるものとできないものがまるでミルフィーユの如く眼前に現れだした。

ああ・・・どうしよう・・・

 

 

対話は絶必

2020 年 5 月 7 日 木曜日

相も変わらずメールの多さ。

長い文書が・・・

本当にしんどくなってきました。

どうしたのかしら?

やはり、人に大切なのは「コミュニケーション」なんです。

「対話」というものが絶必なんですね。

こっそりと・・・

2020 年 3 月 28 日 土曜日

不要不急の外出は控えねばならない・・・。分かっているが、買い物の帰り、こっそーり、しずかーに某公園へ行く。まだ満開ではない桜を見上げた。蕾が可愛い。未来を感じる。ベンチに腰掛ける。足元にひらりひらりと気の早い花びらたちが舞ってくる。

宮城まり子さん やすらかに・・・

2020 年 3 月 23 日 月曜日

2020年3月21日に宮城まり子さんが亡くなった。社会福祉の事業家として「ねむの木学園」づくりに邁進してきた。そして公私とも一途だった。一人の作家を生涯、愛し続けた。

「第三の新人」として注目された作家・吉行淳之介さんと知り合った1950年代。文学少女だった宮城まり子さんは彼の作品を読んでいた。知り合い、そして運命というのだろうか?「生まれて初めて好きになった人に奥さんがいた」という言葉はいろいろ考えさせられる。

 

最近、ワイドショーをにぎわせている不倫問題。先般、記者会見をした俳優は女房と愛人それぞれに気遣い、言葉を選んでいた。しかし、「どっちが好きか?」と訊いた記者の質問もあまりにも直接的であったが・・・世の男と女の反応がこれほどまでに違うというのに、やはり男女とは別の生き物なのだなと思った。

今日日、「一途」という言葉は死語なのかもしれないなと思う。確か・・・吉村淳之介の奥さんは最後まで籍を抜かなかったと記憶している。そして葬式をだしたのは確か宮城まり子ではなかったか?

身がちぎれるほどに悩み苦しんで、別離を覚悟に渡米したものの、実弟の事故死に嘆き苦しんだ宮城まり子さん。その時に吉村淳之介の「帰っておいで」という一言はその一途な恋を命にしてしまったのだろうと思える。

安らかに・・・

 

 

 

テント

2020 年 3 月 19 日 木曜日

少しばかり大きな近くの公園に行くと、「おお!」という光景が広がる。テントが16張ほど。休校が続く子どもたちの気分転換に親御さんが考えあぐねたのだせろう。最初はだれかが・・・そして「いいですね」とばかりに増えていったのではないかと思える。こんな工夫・・・微笑ましい。どうぞ「ここは禁止です!」なんて少しの間、言わないでほしいな。

人生って不思議

2020 年 2 月 16 日 日曜日

20代の時に執筆した小説が近々電子書籍になる。先般もブログに書いたのだが・・・ある編集者の方が国立国会図書館で探してこられた。こうした行動もあるんですねぇ。

時間かかって私に辿り着いて連絡をいただいた時、まるで蝉の抜け殻を「はい、見つかりました」と目の前に出されたようだった。しばしその抜け殻を見つめ、呆然と話を聞いていた。「そんなことってあるの?」と。

そして、初めてさの編集者に出会った昨年末。国会図書館にある書籍は表紙がとれているものだということも知った。帯文も知らないまま、彼はもそのコピーを私に見せてくれたのだ。「はぁ・・・」としかコトバが出ずに珈琲を一口飲んだ。

日頃の原稿確認作業にまじって(笑) 改めての文学?の「校正」がほほ終わった。確か、最初の作品は19歳でしょ?汗がでる・・・当時の若い感性については全く手をいれることが出来ず。もう擦り切れた自分には不可能だ。勢いに任せて、ばんばんと批判のようなところは必死にカットした。しかし、国鉄だ、雑誌名にしても「そんなのあった?」と多分廃刊になっているものも多く、過ぎ去りし時代を感じた。

担当の編集者がたまたま鳥取県出身。当時の私はシャツにジーパンはいて、一眼レフのカメラを肩にかけて彷徨っていた。海岸線だ街だと歩き回った。多くの場所やコースもなかったり。そりゃそうだ。「ああ、そうですか・・・」と納得する。そう、「今はないのだ!」と。思えば当たり前だし、用字用語で使用禁止もあり、これはどうしたものか?と思ったが、そのまま表現してしまうことにした。

しかし!である。

人生の後半戦でこのような機会が訪れようとは、本当に夢にも思っていなかった。じーっと静かに埋もれて、風化して、喪失、忘却か・・・と思っていた。

人生は実に不思議なことが起こる。明後日は1980年代にお世話になった方のインタビューである。先方は「もう忘れてますよ」と電話口で笑った。だが、撮影、編集をする。デジタルはまたある意味素晴らしく!また半永久に残る。ある意味怖いよ!(笑)

いずれにしてもつくづく人生は不思議!!

よくフランス人が口にする C’est la vie ! か?

そうそうC’est la vie !です。

相性が良いということ

2020 年 2 月 13 日 木曜日

夜は昔の会社の先輩たちと懇親会。

組織をいったん離れると人って最後は相性なのかな?と思う。

組織にいればやはり組織の一つの歯車でしかない?それから離れればようやく一人の人間がどう生きていくか?ということになるのだろうと。

組織を離れて、「会社つくるぞっ」と大騒ぎしていた人ほど、見ているとやはり何もせずが多いような。

結局、しつこいようだが観察していると誰かが核となってスタート。それに、相性のよいものが集まってくるようだ。

それは、趣味の集団でもないが「楽しく仕事をしたい」という事らしい。

若い時代に見ていた先輩たちの姿というより、組織を外れると「その人の本来の姿」を見ることが出来る。それほどに組織の中の人と離れた人とは異なる。

改めて思う。

先生

2020 年 2 月 12 日 水曜日

本当に「慣れないこと」がある。最近「先生」と呼ばれることが多い。「吉田さん」でよいのに「吉田先生」と呼ばれるとつい、「誰だ?」とキョロキョロする。慣れないというか・・・好きでない。

大学時代に家庭教師先で「先生」と、教育実習で「先生」と呼ばれても何も感じなかった。むしろ、そう呼ばれて「私は頑張らないと!」と思ったほどである。

2000年に神楽坂女声合唱団を小林カツ代がつくり、「団員は社会の中で、“先生”と呼ばれることが多い人ばかりです。ですから!合唱団の中で、“先生”と呼ぶことは禁止します!もし、そうよんだら、罰金1万円をとります!」といって少し・・・ニヤリとしたことがあった。それからは団員間は「~さん」で過ぎていった。今になってもつくづく思う。カツ代さんはさすがに良いことを言ったと。

しかし、国会中継を見ると議員はすべて「~先生」で呼ばれている。慣れているし、その呼ばれ方が大好きな人々なんだなあ~と思ってみている。しかし答弁中の先生!先生!は実に「邪魔な表現」。妙に気になるばかりである。

せんせい~♪ せんせい~♪

森昌子さんのデビュー曲だけでいい(^^♪

 

書き続ける事

2020 年 2 月 4 日 火曜日

午後から役所の広報課で打ち合わせ。

先般のインタビューの原稿の第一次アップ。

会議室で、あーだーこーだーと意見を交わし・・・

気が付くともう夜。

令和2年の開始にふさわしい?

ああ~ガンバルンバ!

書き続けること!