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‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

親友

2015 年 1 月 13 日 火曜日

毎年、「あら」「まあ」という感じで、はっきり言えば何気なく読んできた年賀状。「今年こそ会いたいですね」「今年も宜しく」「ますますのご活躍を」などという言葉だけでなく、最近は人生の深みに入ってきてしまったな・・・と思う。

何か?結婚後、関西で暮らす親友が難病にかかり、昨年はなんと「死」と直面した・・・という文字を見て、その日、私は震えた。目の前に片付けなくてはならないことがあった、後で電話をしようと思い、直ぐに手紙を書いて投函した。そして彼女から返事がきた。後遺症なのか?「耳が聞こえが悪くなってきている」と書いてあった。そして「会っても筆談になると思う」とある。中学生からのこと、つらつらと思いだして、どうして?どうして?と涙が流れる。

 

高校の時、待ち合わせの時間に遅刻した彼女と駅前で大ゲンカ。ゴメンゴメンという彼女にプイッと横を向いた。

交換日記ではなく、二人でラブストーリーを交換し合った。「返しが遅い!」とまた彼女とケンカ?高校時代から私は瞬間湯沸かし器?

「お詫びに」と言って編んでくれた白いはずの毛糸のマフラーが何故かグレイ系。それを見て、無言の後、ふたりで笑った!

はたちの成人式の日。二人でお祝い会に行き、確か役所からの記念品は国語辞書だった。

彼女の結婚式。主賓席に座らされて、緊張しながら精一杯スピーチをした。幸せを祈った。

20代。とにかく登山!登山!北岳制覇?自然を満喫して笑い合った。

社会人に。彼女は学校の教師に。私は新聞社へ入社。

住むところと仕事場。関東と関西・・・やはり離れてしまったな。

やはりなかなか会えなかったね・・・

いろんなことがありすぎ。本当にありすぎた。

でもね、何があってもずっと親友だよ。

東京大神宮で新年会

2015 年 1 月 11 日 日曜日

本日は「伊勢会」の新年会が東京大神宮で行われた。しかし、佳きご縁を願ってか、お参りする方の長蛇の列。春らしき光景だ。11時からご正殿でご祈祷。2015年が佳きとしであることを祈る。その後新年会の会場へ。井沢真紀さんの巫女舞、金春流・山井綱雄さんのお仕舞【写真】。素晴らしい!神々しくそして和やかな時間が過ぎていく。風土工学デザイン研究所・理事長の竹林征三先生の『鬼かけっこ物語』のお話も興味深い。日本全国、地域に伝わる物語にはそれぞれ深い意味があるということだ。工学博士と物語というのがピンとこない方も多いだろうが、山、川、海、谷そして風・・・風土そのものが郷土のカルチャーを含有していものだと思う。

夕方から別の集まりの「新年会」会場のある丸の内へ向かう。要は新年会のハシゴである。今年も元気に過ごそう!佳き仲間たちに会える自分は幸せものである。

光になった友へ

2015 年 1 月 7 日 水曜日

朝から友人の告別式に参列。読経のなか、これまでのことをいろいろ思い出していた。まだ20代の自分が見えた。ただただがむしゃらな自分の姿が見える・・・。明るく挨拶を交わし、そしてお互いにそれぞれの仕事へまっしぐらな日々が見えた。

これまで、どんな人と出会い、どんな生き方をしてきたのか、それが葬儀ではみえてくるものなのだろうか?とふと思った。

棺の中の友人は、静かに目を瞑っている。唇に大好きだったビールを少しだけ湿らせる。「さようなら。光となった友よ。今までいろいろいろいろ有難うございます!」と私は話しかけた。

報せ

2015 年 1 月 3 日 土曜日

新年早々に悲しい報せが入った。1月1日に友人が亡くなった。電話の声が聞こえない。何なのか?一瞬信じられず、外出先で立ち止まったまま、茫然としていた。昨年、神楽坂女声合唱団のデイナーショーが終わった翌日に彼女は電話をしてくれた。「今年は行けなくて本当にごめんなさいねぇ。来年は必ず!」と。そして私は「来年、都合の良い時に美味しいお酒を飲みましょうね」と言った・・・。こんなことがあるのか?と。人生って?何?と思うほどに涙がとまらない。友の冥福を心から祈る・・・

冬景色の力強さ

2015 年 1 月 2 日 金曜日

車窓から見える冬景色・・・人は寂しいというが、私は嫌いではない。

列車に乗っている時間の何と幸福なことか・・・。

いつもは恥ずかしいほどのせっかちな自分が、そんな自分を見失ったが如くに寡黙になる。

車窓の風景のひとこまひとこまが一つのドラマになっていく、そんな勘違いをしていしまう。

嫋やかでそして華やかな春、眩しいほどの新緑の鮮やかさ、溢れるほどの色に彩られた秋の山々・・・これほどに静かな冬景色というものは他の季節にはない、そんな力を持っている。

日本に生まれ、日本人として育ったことに感謝!

 

最終の列車を見守る冬木立

2015年になりました!

2015 年 1 月 1 日 木曜日

無事、2015年を迎えました。

作家の曾野綾子さんが、念頭にあたりということで新聞記事に「月日の経つのが信じられないほど早いという人がいるが、それはその人が幸福だった証拠だ。苦痛のある人にとっては。時間は驚くほどゆっくりとしか過ぎていかない」と書かれていた。この文章を読みながら、自分は何だかんだといいながら日々を過ぎても信じられないほど早いといっている幸福ものか!?と思った。

確かに呻き苦しむ時間とはゆっくり過ぎていく。いっそ泡の如く消えてしまいたい・・・と思うほどの苦しみの中で、人はもがくことさえも忘れてしまうものだ。

新年早々にとてもいい記事にふれた。

『日本人よ、逆境に耐える力養え』の見出しの中の力強さに気付いた。

佳き新年である。

2015年へ!

2014 年 12 月 31 日 水曜日

あと少しで2014年が終わります。2015年まであと少し!いやあ、ほんとにいろいろいろいろありました。おおつごもりに届いたファックスもさらっと読んで静かに次の年を迎えましょう。今年の「仕事」は一応おさめましたので(笑)。次のステップへ!いろいろ有難うございました!

冬を感じながら・・・

2014 年 12 月 24 日 水曜日

年末になって結構疲労が蓄積していることが分かる。昨日もまだ40代の人が「昔とくらべて体力亡くなった」とぼやいていたが何とも、年齢とともに体力とはおちていくものなのか?不思議である。疲労感はとにかくとらないとならない。あまり詰め込んだ生活をしないことが大切であろう。

今夜はクリスマスいイブ。クリスマスをひとりで過ごす人のことを「クリぼっち」というらしい。その人たちのための一人用のケーキも売られているらしい。

イブとはいっても何の色気もない打ち合わせが続く。来年にむけてのいろいろな方面からの計画と実行について。まだ、年賀状一枚も書いていない自分に少し焦る気持ちが・・・しようもないがせ、時間とは残酷でもあり、時は刻々と刻み2015年へと続いていくのである。

ゆっくりとものを考える時間がほしい。そして・・・

読みちらし本を枕に冬籠

理想である。

神の留守

2014 年 11 月 24 日 月曜日

神の留守という季語がある。丁度今頃か。神無月といえば、新暦では10月下旬から12月上旬ごろに当たる。

ふっと吉田兼好の徒然草を思い出す。中学か高校か?当時は古典などよりもっとワクワクすることがたくさんあって適当にしていた。もったいないことをしたとつくづぐ思う。しかし、いい?年齢になると不思議で読み返してみると深く納得してしまい、兼好さんと酒でも呑みたくなる。

この時期はジャンルを超えていろいろ考える。神社に行き、ふと立ち止まる。そんな時期は必ず一年に一度・・・来るものだ。

もの思う、溢れる想い。そんな季節だ。

玉砂利の軋みも消えし神の留守

これって・・・シンクロニシティ?かな

2014 年 11 月 17 日 月曜日

やはり、日常生活には不思議な事があるものだと思った。今朝のことだ。たまたまフリーライターに参考の為に渡そうと用意した一冊のガイドブック。独立した2004年に初めて手がけた仕事だった。今も真夏の横浜中華街を取材に駆け回った日々は懐かしい。

その編集で知り合ったKさんから今朝、携帯に着信があったのだ。一瞬、戸惑うほどに驚いたのだ・・・というのも、たまたま、そのガイドブックを手にして「どうしているのかなあ」と思った時だったからである。こういうのをシンクロニシティというのかしらん?

電話の向こうで「いち子さん、元気ですか?」と。思わず「どうしたの?」と素っ頓狂な反応をしてしまった。なんでも彼は今、熊本で仕事をしているという。「くまもんが好きなんだぁ~」とまたまた素っ頓狂な反応をしてしまった。「シールですか?いくらでもありますよ、ははは」とKさんは笑った。

それからいろいろ思い出話山盛りとあいなった。「東京と熊本、いや、九州で面白いことやりましょうねぇ。メールいれますよ」と言ってKさんは電話をきった。具体的な企画提案など何かがまだあるわけではないものの、兎に角、朝から妙な不思議さが嬉しかった!阿佐ヶ谷でよく呑んだこともいろいろ思い出した。人とは思い出だけでは生きていけないが、結構、ココロの栄養にはなるものだね~。

朝から不思議発見!