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社会問題 | ichikoTV - Part 35 ichikoTV

‘社会問題’ カテゴリーのアーカイブ

チュニス 襲撃事件

2015 年 3 月 19 日 木曜日

北アフリカ・チュニジアの首都チュニスで3月18日に起きた武装集団による博物館襲撃事件。多数の観光客が巻き込まれ犠牲者が出た。なんでも武装集団はバルドー博物館前のカフェに待機し、バスから観光客が降り始めたところを銃撃し、博物館内にも押し入ったそうである。身の毛も弥立つほどの事件である。21世紀に入って、何かが変化している。

摩訶不思議 人のココロ

2015 年 3 月 15 日 日曜日

喜怒哀楽・・・これ以外にも説明しがたい感情というものが人のココロには発生してしまうのだろう・・・
まあ、またまた週刊誌ネタがと思った事件が・・・・

福井大学の准教授が教え子の女性を殺害したとして逮捕された。この容疑者が世の中でいうエリート。絵にかいたような幸せな家庭をもち、順風満帆の人生をおくっていた。その瞬間までは。

しかし、信頼し合う師弟関係の中に何かが生まれたのだろう。それは雪崩や土砂崩れのような自然災害のようでそうでない・・・突発か、起こるべきことで起こったか?ただただ摩訶不思議な世界である。

暫く、マスコミは執拗にその二人の周辺を追い詰めていくのだろう。誰も予想のしない、したくない事件だ。

東日本大震災から4年を迎えた

2015 年 3 月 11 日 水曜日

東日本大震災から4年を迎えた。地震発生時刻の午後2時46分。あの日のあの時間は生涯忘れない。その日の自分の行動だけは今でもまざまざと記憶している。
犠牲者方々への鎮魂、そして未だ糸口の見えない避難生活の方々。時間が経つにつれて戻っていくわけでないと知る。決して癒えぬ傷だと知る。

安倍首相。「復興は新たな段階にきている」と決して言葉上の、かっこよさではない政治を。

先般、福島県浪江町の馬場有町長のお話しを聞いた時。地震発生からの対応をいろいろお聞きした時、それは並大抵の精神力ではもたないことが分かる。私たちにとって「当たり前」のことが「当たり前」でなくなるという事がどんなことなのか?どんなに振り絞っても、想像をぜっしているのだ。

子どもの命

2015 年 3 月 8 日 日曜日

このところ、例の川崎の事件の現場検証やら、事情聴取の内容など言葉なくなる情報が耳にはいってくる。ただただ考えるだけ。私は今、多くは書けない。感情的に言い放つことはできるかもしれないが慎重に解決していくしかない。しかし、子どもが犠牲になることは何があってもいけない。

何がズンズンだと腹立たしい

2015 年 3 月 4 日 水曜日

驚いた。大阪市で2014年6月、「ズンズン運動」と称する整体で当時生後4カ月の男の子を死亡させたとして、新潟県に本部を置くNPO法人代表が逮捕された。新潟・上越市のNPO法人「キッズスタディオン」の代表・姫川尚美容疑者。生後4カ月の赤ちゃんの体を揺さぶり、低酸素脳症を起こし多臓器不全で死亡させた疑いが持たれているという。信じられない事だ。子どもの専門ではないものの、生後4ヶ月の子どもを揺さぶると言うこと自体、常識ではおかしいと感じる筈だ。しかし、クチコミとは怖ろしい・・・北海道からもきた人がいるというではないか。近所の人の声ではとにかく赤ちゃんの尋常ではない泣き声がうるさいほどだったと。若いママさんたちにとっては今回の容疑者のように60近い女性がいえば、その行為は正しいように感じるかもしれないと思った。もっともっと行政もしくは地域で専門家のもとでしっかりとした指導の機会を増やしていくしかない。

とにもかくにも、腹だたしい。こんなNPO法人があるなど、真剣に活動している団体が多い中で、実に困ったことである。

時代はかわる 少年法の改正は?

2015 年 2 月 27 日 金曜日

世の中にはあれこれと仰る方も多いが、選挙権年齢を18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案が今国会で成立する見通しになっている。やはり、こうして民法改正で成人年齢も引き下がった場合に少年法の年齢を合わせるべきなのだろう・・・と思える。

この何日か川崎市で起こった中学生殺害事件のことを考えているが、どうしても理解に苦しむ。多分?と予想していたがやはりというかどうも未成年の逮捕であった。このところ、あまりにも想像を絶する刑事事件が多すぎる。対象年齢を18歳へ引き下げるなど少年法の改正の必要性はあると思える。そして加害者の氏名法報道についても然りであろう。

 

 

ご注意!自転車

2015 年 2 月 25 日 水曜日

先般、スーパーで買い物をして2~3歩ほど歩いたところでほぼ疾走してきた自転車にぶつかった。あっという間の出来事で、よろけて道路に倒れ、エコバッグの中の商品は転がり、小さな手提げバッグの中からは財布やキーなどが飛び出した。咄嗟に「大丈夫ですか?」と転げながらも言おうとしたその瞬間だった。「馬鹿野郎!」「この野郎!」「前むいて歩け!」と罵声が。よろけながら散乱した荷物をひろおうとしたが、相変わらず中年の男は「馬鹿野郎!」「俺にいじわるでもしたいのか!」ときた。もうこの人には何を言っても無駄だと思い、黙ってもくもくと荷物を片付けた。

そもそも歩道は歩道である!スーパー前の歩道をあのスピード?いや走ってくること自体おかしいではないか。私は立ち上がりフラフラと歩き出したが、後方から男の罵声は相変わらず響いてくる。自分は決して悪くはないのだ!あのオバサンが勝手に俺にぶつかってきたのだ!とでも言うように怒鳴っている。

帰宅して、いろいろ考えた。確か、この日はスーパーの特売日で、道路に多くの段ボールが置かれ、その中のお買い得商品を必死に品定めしている客でこんでいた。そんな大切な時間?に道に転がったオバサンの世話などするものか・・・と思ったのだろう。それにあの剣幕の男。もう「関わりたくない!」と思うだろうなあと・・・

そんな話をすると「なんで相手にきちんと言わなかったんだ?」「警察に行けばよかったりよ」「保障は?」とか周囲は言う。きりなく言うのだ。まあ、痛みとは自分が体験すれば分かるだろうが、あんな権幕、罵声の人間に何を言っても無駄である。

その夜、矢鱈と腕が痛くなっていた。膝はかすり傷か、血は滲んでいる。そして翌日、紫色の大きなアザが出来ていた。ほうっ!人間とはすごいものだなあと思うほどのアザだある。湿布で何とか乗り切った。そして整体へ行き、矯正を御願いした。すると先生が「吉田さん、ここ(手首)は骨折し易いところ。骨折しないで本当に良かったですよ」と言われた。

その大きな紫アザは日が経つにつれて次第に黄ばんできて、そして数日後、綺麗になくなった。

ぶつかったその日のこと。ふつふつとわき出る怒りがどうにもこうにもならず、即、新聞社に投稿して、その翌週に掲載された。何か、その時にほっとはしたのだが、もし、ぶつかったのが赤ちゃんをだっこしているお母さんや、買い物かごをひいている高齢者だったらどうしたのだろうか?と思うと怖くなった。ぞっとした。いけないのだ!と強く思った。

その後、気のせいか?スーパー前の段ボールは整然として、買い物客の自転車も整然となり、毎日ではないが、警備のおじさんがたつようになっていた。

 

12月1日から改正道路交通法が施行され、自転車が道路の右側にある路側帯を走ることが禁止されることになる。違反した場合は3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金。つまり「路側帯とは歩道がない道路のうち、道路の端に設けられた歩行者や自転車の通行スペースで、車道と白線で隔てられている。自転車などの軽車両は、これまで歩道がない道路では、左側・右側どちらの路側帯も通行することができた。改正後は進路左側の路側帯に限定される」ということだが、そもそも歩道を走ることは禁止である。誰もかれもが「忙しくて」と夢中で走っているようだが、歩道は歩行者の為にある。そして歩行者にはいろいろな人々がいる。人間としての常識そのものなのである。

1995年

2015 年 2 月 18 日 水曜日

1995年。思い出すとあのサリン事件があった。

ニュースで八王子市のスーパー「ナンペイ大和田店」で主婦、女子高生ら3人が射殺された強盗殺人事件で、女子高生らが縛られていた粘着テープから検出された犯人のものとみられる指紋が10年ほど前に死亡した日本人男性のものと酷似していることが分かったと。犯罪歴がある人物1千万人以上分が登録された指紋データベースに照会した結果ということだが、会社員で、死亡した時は60代だったらしい。諮問の照合で12ポイントのうち8か所が合致しているらしく、そこが100%という確信がないそうだ。本当に「なんで・・・」という事件だけにしっかり覚えている。何も銃を使わなくたってと思った。近くでは盆踊り大会が開かれていた夏の夜の事件だった。どうなるのだろう。ご遺族の気持ちを考えると複雑である。

言葉もなく

2015 年 2 月 4 日 水曜日

決して国というものではない「イスラム国」。過激派組織といいうものの、組織という言葉にも引っかかる。

2014年12月に拘束したというヨルダン軍パイロット、ムアーズ・カサースベ中尉のを殺害したいう画像がネット上で公開されたという。それは中尉が屋外に設置された檻の中で、火をかけられたというもので、こうして文字で書いてていても震えがくる。。ヨルダン軍は国営テレビを通じて「画像は本物」とし、殺害されたのは1月3日であるという。やはり「もしや・・・」と心の奥で心配していた・・・本当になっていたのか・・・。人ではない!ヨルダンは「懲罰と報復を誓う」と声明を。

To be or not to be.

2015 年 2 月 1 日 日曜日

 早朝に流れたフリージャーナリスト後藤健二さんのニュース。

まさか・・・と思いながら聞く。

まさか・・・

いろいろな意見を言う人がいる。

どんなに憤っても、それはしかたないことかも知れない。

100人いれば100の意見があるのかも知れない。

しかし、これだけは確かなことだ。

自らの命をかけて、日本から遠く離れたシリアで何が起きているのか、イスラム過激派組織「イスラム国」とは何者かを日本に伝えようとした後藤さんだ。

 

 昨年7月に後藤さんがブログで書いたという記事を読んだ。

タイトルは「To be or not to be.」

生きていくべきか?死ぬべきか?

このままでいいのか?いけないのか?

どんな気持ちでこのタイトルをつけたのか?

 

世界各地で何かがかわろうとしている。

それぐらいは感じてほしい。

「正直わからない」

「私たちは安全なはずだ」

「家族が幸せならば」

そんな意識も多い。

当たり前なのかも知れない。

でも・・・

今、いけないことは「無関心」でいるということ。